明治6年恵庭との境の島松に米づくりの夢を抱き、河内から中山久蔵が単身で入植して、開墾を始めました。久蔵は、「赤毛種」と呼ばれる寒地に適した稲をつくりあげたことから、寒地稲作の祖と呼ばれ、北海道稲作の発展に大きく寄与しました。現在も、見本田で当時の赤毛種がみられます(6月~9月)。
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